2023年3月7日 メンバ―たぬき 他1名
天候 終日快晴
滝沢第三スラブ。
いつからこのルート名を知ったかは定かでは無い。ただ、山を本格的に始めた頃には既に知っていたような気がする。
当時は、別世界のクライマーが登攀するルートで有ると認識し個人的には生涯無縁の存在に感じていた覚えがある。
それから日々を重ね、山行経験を積むにつれ別世界のルートは次第に現実味を帯び、憧れに変わっていった。
しかし挑戦を実行しようとするには、どうしても越えられない一線が有った。
ルートの悪さ、天候判断の難しさ、エスケープルートが無い。登攀する者にとっては3拍子の悪条件の揃い様から懸念していたが数年前、冬季に衝立岩を登攀中対岸に見える3スラを一筋の光が駆け上がる光景を目にした瞬間より今まで引かれていた一線は一気に消えた。
それから何度も計画するもパートナー、日程、天候の条件が揃う日は無く挑戦を先送りしていたが、ようやく条件が整い憧れを現実にする為 谷川岳滝沢第三スラブの大氷雪壁に挑戦してきました。
今回の挑戦は命に危険を及ぼす為、慎重に準備を進め登攀数日前には一ノ倉沢へ偵察山行を行い双眼鏡片手に取り付き、登攀ラインのルーファイ、実際の雪質等の下調べを行い降雪量、積雪深など各所のデータを日々確認にてチャンスの到来を見極めた。
仕事を終えアクセス。駐車場にて僅かな仮眠を取る。山行前日は緊張のあまり良く眠れなかったが、直前で取る仮眠は浅いが意外と寝る事が出来た。
早朝と言うより夜中にアプローチ開始。登山指導センターより雪が良く締まった林道を辿り足を進める。翌日が満月な為、月明かりが明るくヘッデンがいらない程だった。順調に足を進め一ノ倉沢出合へ踏み入れる。
谷に入った為今までの月明りは差し込まずヘッデンの明かりを頼りに詰める。衝立前沢付近より巨大なデブリが雪面を覆い始めた。今まで一ノ倉沢へ踏み入れたが此処まで巨大なデブリ群は初めてだった。デブリを抜けると前方には3スラ下部の大滝が薄っすらと姿を現す。
暗闇にぼんやりと姿を表す3スラ取り付きはプレッシャー、緊張、不安が入り交じり心が折れそうだった。
しかしチャンスを逃すわけには行かない。準備を整えると共に気持ちも切り替え暗闇の中ヘッデンの明かりを頼りに登攀開始。
【滝沢第三スラブ】
1P(60m スタカット)
下部大滝の氷のセクション。今シーズンは積雪が少ない為かデルタの発達は無く下部からスッキリした氷が現れていた。多くの記録には傾斜が緩いなど目にしていたが氷の露出が多い為かバーチカルからスタート。
想定していたより難易度が高く出鼻をくじかれた感があった。上部に行くにつれ傾斜は緩みロープ一杯でスクリュ2本で切る。 ピッチを切る場所はシャワーのラインを外さないと埋まる感じだった
2P(200m コンテ)
3スラ内もスノーシャワーが酷かったが本谷からはひっきりなしにシャワーが落ちていた。1Pを終えこれより先はまともな終了点が構造出来ない為、敗退は出来ない。抜けるか救助要請かの2択。プレッシャーが大きいが意を決し高度を上げる。
傾斜の緩い雪壁の登攀。時短の為コンテに切り替える。適度に氷が現れるのでランニングを取りながらF4直下まで一気に高度を稼ぎスクリュー2本にて切る。
3P(180m コンテ)
F4の処理からスタート。左端へラインを取れば難なく通過し再び雪壁へ。高度を上げるにつれ傾斜は強くなってくる。更にプロテクションが取れず30~40m程ランナウトを繰り返す。3スラ上部のドン詰まり直下の左端の草付帯まで高度を稼ぎ太さ5㎝程の立木とブッシュで切る
4P(90m コンテ)
右上に見える2スラと3スラの中間稜のコル状を目指し3スラの雪面を右上気味にトラバース。中間稜に乗り30m程高度を上げブッシュで切る。この時点でスラブの登攀は終了し上部核心である草付帯へ突入。
5P(60m スタカット)
草付帯からは雪質が一気に悪くなり傾斜も強くなる。スカスカの雪や最中状の雪質にアックス、スタンスが決まりにくい。四肢に荷重を分散し誤魔化しながら高度を上げる。更に、ランナーが取れない。小指1本程度のブッシュや笹を掘り起こしランナーを取るなど気休め程度に取るくらいだった。ロープ一杯まで伸ばしイボイノシシ2本で切る
6P(60m スタカット)
相変わらず悪すぎる草付帯の処理。
此処もロープ一杯伸ばし品祖なブッシュ2本で切る
7P(60m スタカット)
溝状の草付へ向け高度を上げる。すぐに半畳ほどのテラスが現れ左上の垂壁へラインを取る。ブッシュが多くランナーは今までよりは取れるが最中状の雪が乗った垂壁の処理は非常に緊張を強いられる。30m程で草付を抜ければ目前にはドームが覆いかぶさるように現れた。 草付から一気に雪壁へと変わる。ドーム基部がどの様になっているか分からなかった為、終了点作成の為スノーバー2本残しておきたい気持ちからランナーは取らずドーム基部へロープ一杯伸ばした。ドーム基部には残置ハーケンが疎らに2~3枚確認出来た。 ハーケンを打ちたし近くの残置にて切る。
8P(15m スタカット)
ドーム基部をトラバース。
トラバースラインに露岩が有る為、一旦クライムダウンし露岩を巻き草付を数メートル登ればAルンゼの下降点へ。カラビナ形の慰霊碑に合唱しピッチを切る。3スラは事実上の登攀終了点だが国境稜線まで抜けるまでは緊張が途切れることは無かった。
【国境稜線まで】
慰霊碑からAルンゼに懸垂下降60m1本で可能。積雪が少ないと50では不安がある様に感じた。心配していた酷いラッセルは無く高度を上げ中間部より左上に見えるコルを目指す。
コルより進路を右上に折り返しスカイライン目指し高度を上げれば国境稜線へ突き上げた。
登攀終了。
快晴とは言え終日陽が当たらなかったルートからトップアウトした瞬間、神々しい太陽に出迎えられる。日差しが暖かった。
今まで気持ちが徐々に高ぶり涙腺が緩んだ事は有ったが、抜けた瞬間、一瞬で涙腺が緩んだ事は初めてだった。嬉しかった。生きて3スラを抜ける事が出来た。
快晴の空の下、洛陽に包まれた上越の山々は今まで見てきた光景とは違った。
恐らくではない、間違いなく3スラを登攀した物にしか映らない光景だろう。